COLUMN

2020.03.02

熊本パルコ、閉店

坂田 坂田

2020年2月29日、熊本パルコが閉店しました。
33年の歴史に幕を下ろしたこの日、新型コロナウイルスの感染が警戒される中でも、多くの人が集まりました。

熊本に引っ越してきて10年にも満たない私は、残念ながら熊本パルコでの青春エピソードは持っていません。
一番よく行っていたお店は、ぶっちぎりでSeriaです。

それでも熊本パルコの閉店は、さびしさを感じる出来事でした。

考えてみればティーンエイジャーの頃、パルコに通いつめていた世代です。

パルコって、メディアだったと思う

今になって思えば、1990年代なかば頃まで、パルコはひとつのメディアだったのです。

パルコはあらゆる情報がつまっていて、新たな流行や文化が生まれる場所でした。

何を大げさな、と若い人には思われてしまうかな。
でも少なくとも当時のパルコは、単なる商業施設という枠にはおさまっていなかったはずです。

ルーズソックスを履いた女子高生だった私たちは、放課後にはプリクラを撮り、パルコに通いました。
メインカルチャーもサブカルチャーも、ごちゃまぜになってそこにあったのです。

パルコにしかないブランドのお洋服屋さんをのぞいたり、無印良品で友達とおそろいの文房具を買いそろえたりしました。
デートの前には一生懸命プチプラコスメを探しました。

ショップ店員さんのファッションやヘアメイクは、雑誌よりもずっと参考にしたいお手本でした。
コアな品揃えのCD屋さんや本屋さんも刺激的でした。

エレベーターや階段に貼られたおしゃれなポスターやキャッチコピーにいちいち心動かされて、GOMESという
フリーペーパーを毎月もらうのが楽しみで。(特に「バカドリル」は神でした。)

いや、ちょっと熱くなりすぎました。

そもそも全部、岐阜パルコ(2006年閉店)の思い出です。

でも、熊本パルコに通っていた90年代の女子高生たちも、きっと同じだったんじゃないのかな。
単なるファッションビルやデートスポットとは言えない何かが、確かにそこにあったのだろうと思います。

そして熊本パルコ、閉店

月日が流れて、2000年代からはインターネット全盛期になりました。

ネットにはあらゆる情報があふれているし、オンラインで何でも手に入るし、個人がSNSで情報を発信できます。

ひとつの商業施設がそれほど重要なメディアになったり、文化の発信源になったりすることは難しい時代なのでしょう。
フリーペーパーGOMESも、ひっそりとウェブマガジンにとって変わられ、いつの間にかなくなりました。

2020年になり、パルコは今ひとつの役割を終えたのかもしれません。

何だか勝手な解釈を広げすぎでしょうか。

熊本パルコの入っていたビルは、サンバード長崎屋熊本店の時代も合わせるとさらに歴史が古く、築50年にもなると言います。そろそろ建物の寿命が近いのかもしれません。コンクリートの耐用年数を考えれば、建て替えの時期なのでしょう。

そして、またいつの日か会いましょう

解体されたのちは複合ビルに生まれ変わり、2023年春に開業予定と発表されています。
現在の計画では上層階はホテル、下層階は別業態での商業施設になるのだとか。

熊本パルコの立地は鶴屋の隣、通町筋の電停が目の前。市役所や熊本城だって、すぐ近くです。

サクラマチやJR熊本駅周辺の再開発が進んでも、やはりあの場所は街の顔。
熊本を愛するものとして、復活の日を楽しみに待ちたいと思います。

パルコさん、おつかれさまでした。また会う日まで。

そうそう、パルコと言えば待ち合わせスポットの「玉」がどうなるのかも、地味に気になっています!

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ライター紹介

坂田

坂田 恵里

ライター兼雑用係。移住組のよそ者ですが、熊本が大好き。おいしい飲食店の情報を探すうちに肥後ジャーナルに出会った元読者です。

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