COLUMN

2021.07.19

忘れられない言葉たち「わが国では古来、烏帽子以外のものを公の場でかぶることは認められておらぬ」

坂田 坂田

文章を書くのを仕事にしていると、言葉というものの難しさや奥深さを日々感じている。

ふり返ってみると、これまでの人生で出会った忘れられない言葉というものがいくつかあった。

シリーズ化できるかは分からないけれど、試しに書いてみる。

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20年以上も前のこと、18才の私は国文学というものを学んでいた。

T教授の講義の最中だった。「日本語学概論」か「国語学概論」だったか、とにかくそんなタイトルの授業だったと思う。

教授が話している最中に、けたたましい音を立てて携帯電話がなった。
一番後ろの入口近くに座っていた男子の携帯だった。
たしか講義が始まってから、バタバタと遅れて入ってきた男子だ。

スマートフォンはもちろん、二つ折りの携帯すらまだなかった時代だった。
バイブ機能はあったのかな。もしかしたら、電源を切るしかなかったのかもしれない。

教壇に立つT教授は、おごそかに言った。

「いま携帯電話を鳴らした君、大切な用事があるのならば今すぐ出て行って良いぞ。用事の内容によっては単位はやらぬかもしれんが」

「すみません、電源を切り忘れました。用事はないです」

「そもそも君は遅刻して来ただろう。私の話を聞く気がないのならば、出て行っても良いと言っておるのだ」

「すみません、聞きます」

「そもそも君はなぜ、このような部屋の中で頭に帽子など乗せておるのだ」

「えっ」

10代の終わり、ムダにおしゃれをしたい年頃だ。その男子はぶかぶかのストリートファッションに身を包み、ニット帽を目深にかぶっていた。

「わが国では古来、烏帽子(えぼし)以外のものを公の場でかぶることは認められておらぬ」

「えっ」

こうして文字に落としてみると教授の言葉使いもトークの内容も実に浮世離れしているのだけれど、でも本当にこんな口調だった、と思う。

そしてそれがもう最高にかっこいいな、と思ったものだった。

ちなみに烏帽子って

こういうやつです。光源氏とかがかぶってるやつ。

結局その男子は烏帽子ではないニット帽をとり、ずっと小さくなって講義を聞いていた、ように思う。

その日から3月まで、その授業では誰かがうっかり携帯を鳴らすことも、烏帽子以外のものをかぶってくることもなかった。いや、烏帽子かぶってくる人もいなかったけど。

それ以来、「我が国では古来、烏帽子以外のものを公の場でかぶるものは認められておらぬ」というキラーフレーズを一度使ってみたいと思いながら四半世紀、いまだ使う機会はない。

時間に遅れてバタバタと入って来たかと思えば、大音量で携帯電話を鳴らす。派手なニット帽をかぶってチャラチャラしている。
そんな若者に「講義の邪魔ばかりするのなら出て行け」というのは簡単だ。

「わが国では古来、烏帽子以外のものを公の場でかぶるものは認められておらぬ」

冷静に考えると訳わかんない感じなのだけど、なかなかのキラーフレーズ。

最高にクールで、不思議な説得力を持つ言葉だと思う。忘れられない。

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